までも! 取り返しましょう人形を!」
「しかし」と躊躇《ためらっ》た右近丸、「走れますかな、貴女には?」
「無理にも走って参ります! 途中で血を吐き死にましても、きっと走って参ります! 永年の間お父様が、苦心して調べた唐寺の謎、それを解き明かした研究材料、それを持っている人形を、妾《わたし》の粗相でなくなしては、父に申し訳ございません! どこどこ迄も追い詰めて、取り返さなければなりません」
「立派な決心!」と右近丸は感激した声で叫んだが「それでは一緒に!」
「追っかけましょう!」
「汝等《おのれら》待てーッ」と右近丸は叫びを上げながら走り出した。
 負けずに民弥もひた[#「ひた」に傍点]走った。
 右近丸の持った血染めの太刀、民弥の持った血染めの懐刀、走るに連れて月光を弾き、凄じくキラキラ反射する。朧《おぼろ》の月夜である。四辺《あたり》がボッと仄明《ほのあかる》い。薄い紗布《しゃきぬ》を張ったようだ。
 不意に、玄女は振り返った。
「オイいけないよ。猪右衛門さん、あいつ等どこ迄も追っかけて来るよ」
 猪右衛門も背後《うしろ》を見返ったが「成程々々追っかけて来る。構うものかい、逃げろ逃げろ!」
「だがねえ」と玄女は思量《しりょう》深く「私達の四ツ塚の隠家を、突き止められたら大変だよ、あの見幕なら家の中へ、きっと切り込んで来るからねえ」
「おっ、なるほど、それはそうだ! どうしたらよかろう、よい智慧はないか?」
「道を違えて走ろうよ、そうして途中でまく[#「まく」に傍点]としよう」
「そいつァよかった、是非まこ[#「まこ」に傍点]う」
 そこでにわかに玄女と猪右衛門は部下の香具師共と引き別かれ、北山の方へ走り出した。
 早くも見て取った右近丸と民弥は、見失っては一大事と、すぐにそっちへ道を取り、ヒタヒタヒタと追い迫る。
 逃げて行く玄女と猪右衛門と、追って行く民弥と右近丸、どっちも足弱連れである。一方まく[#「まく」に傍点]ことも出来なければ、一方まか[#「まか」に傍点]れもしなかった。
 四人いつの間にか町を出て、北野の方へ走っていた。二十人あまりの香具師の群は、とうに四方へ散ってしまい、四辺《あたり》には一つの姿さえ見えぬ。
 北野を過ぐれば大将軍、それを過ぐれば小北山、それを過ぐれば平野《ひらの》となる、それを過ぐれば衣笠山! そっちへドンドン走って行く。道は険
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