意味だか解《わか》らない。元々あれは妾《わたし》の物だ。逝くなった妾のお母様が、妾に買って下されたものだ。それを中頃お父様が、どうしたものかお取り上げになった。そうしてどうやら人形のどこかへ、何か細工をなされたようだ。でも真逆《まさか》に人形の中に、南蛮寺の謎を解き明かせた秘密の研究材料など、隠してあろうとは思われない。売っても大事はないだろう。第一背に腹は代えられない。よしやどんなに人形が大事なものであろうとも、食べられなければ売らなければならない。売ってしまおう売ってしまおう。そうして当座の中《うち》だけでも、生活を楽にすることにしよう。
そこで、民弥は切り出した。
「大事な人形ではございますが、小判一枚に青差一本、それでお買い取り下さるなら、お売りすることに致しましょう」
すると猪右衛門は頷いたが、やがてこんなことを云い出した。
「実はな」と薄っぺらな能弁である。「こういう訳でございますよ。ナーニ商売の道から云えば、奈良朝時代の貴女人形、大した値打もありませんので。精々がところ青差二本……ぐらいな物だと思いますので。ところが小判を一枚はずみ、そこへ青差を一本付け、相場違いの大高値で、譲っていただこうというのには、他に目的がありますからで。と云うのは人形のその中に、南蛮寺の謎を解き明かせた……オットドッコイ口が辷《すべ》った。ナニサナニサそうではない。つまり人形がよいからで。と云うのはそいつが喋舌《しゃべ》るからで。さようでございます。人形がね。何と喋舌るかと云いますと、『唐寺の謎は胎内の』オットいけねえ、軽はずみな、またまた口が辷ってしまった。アッハハハ馬鹿な話で、何のお嬢様、人形などが、何の物など云いましょう。へいへい物など云いませんとも、いえナニ物でも云いそうな程、さも活々とよく出来た、結構な人形でございますので、そこで高値にいただこうと、こういう次第なのでございますよ。では」と云うと猪右衛門は懐中《ふところ》へ腕を差し込んだが、ヒョイと抜き出すと掌《てのひら》の上に、小判を一枚のっけている。「まず小判、お取りなすって」もう一度懐中へ手を入れたが、取り出したのは青差である。「これは青差、お取りなすって」
「はいはい確かに受け取りました」
こう云うと民弥は窓越しに、小判と青差とを受け取ったが、引き返すと卓の側《そば》へ行き、卓に載せてある人形を、優しく
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