たみや》が、声に驚いて眼覚めたのである。
「どうなされましたお父様」
 まずこう呼ぶ声が聞こえてきた。つづいて起き上る気勢《けはい》がした。こっちの部屋へ来るらしい。
「いよいよいけねえ、逃げろ逃げろ!」
 人形を卓の上へ抛り出すと、窓へ飛びついた風船売の少年、ヒラリと外へ飛び出した。
 と、それと引違いに、部屋へ現われたのは娘の民弥で、開けてある窓へ眼をつけたが、「まあお父様の不用心なことは。窓をあけたままで寝ておいでなさる。その上寝言など仰有《おっしゃ》って」娘らしく明るく笑ったが、例の道化た調子となった。
「弁才坊さん弁才坊さん、民弥さんを嚇してはいけません。『ワーッ、いけねえ、化物だあ……』などと仰有ってはいけません。さあさあお眼覚めなさりませ。さあさあお話し致しましょう」佇んだまま見下ろしたが、窓から射し込む月光に照らされ、寝ている父の寝姿が、何となく異様に見えたらしい。「おや」と云うと跪坐《ひざまず》いた。
「お父様!」と声をかけ、額へ指をふれて見た。「あっ!」と叫びを上げたのは、父の額が水のように、冷々《ひやひや》と冷《ひ》えていたからである。
「お父様!」と物狂わしく、もう一度叫ぶと両手を延ばし、父の体を抱き上げた。脈もなければ温気もない、全身すでに硬直している。父はこの世の人ではなかった。父は死んでいるのであった。
 これが気弱の娘なら、取り乱したに相違ない。泣き喚いたに相違ない。気絶ぐらいはしただろう。しかし民弥は強かった。眼から涙を流しながらも、しっかり奥歯を噛みしめていた。ブルブル全身を顫わせながらも、気の遠くなるのを我慢した。
 しばらく心をしずめたのである。
「誰が、どうして、何の為に、お父様のお命を絶ったのだろう?」
 ズーッと部屋の中を見廻してみた。
「窓が一杯に開いている。用心深いお父様、開けたままお寝になるはずはない。誰かが開けたに相違ない。その誰かが下手人なのだ。……部屋の中が乱暴に取り散らしてある。どうやら何かを探したらしい。とするとあれ[#「あれ」に傍点]だ! 唐寺の謎!」
 父の殺された原因は、これでどうやら解ってきた。
「お父様が苦心して研究された、唐寺の謎の材料を、盗み取ろうとしたものが、お父様のお命を絶ったのだ」
 そこで死骸を調べ出した。切り傷もなければ突き傷もない。絞め殺された跟跡《あと》もない。
「ああ妾には解
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