十数本の太刀が閃めいたのである。悲鳴! つづいて仆れる音! 人買が切られて仆れたのであろう。
 むこうに一群、こっちに一群、庭師と人買とが切り合っている。バラバラと逃げる一群がある。それを追って行く一群もある。
 と、一方では猿若少年が、二三人の人買を相手にして、懐刀を縦横に揮っている。
「しめたぞしめたぞ味方が出た! 敗けっこはない敗けっこはない! さあさあこいつらめ鏖殺だ! まるかって[#「まるかって」に傍点]来い、まるかって[#「まるかって」に傍点]来い!」
 庭師の群が現われて、助太刀をすると見て取ったので、疲労《つかれ》も忘れ勇気も加わり、軽快敏捷に立ち廻るのである。
 月光が上から照らしている。地上に捨てられた松火が、焔を上げて照らしている。四辺《あたり》は荒野! 点々と木立! そういう中での乱闘である。
 と、その時意外の事件が、忽然勃発することになった。
 浮木の姥の傍に立って、乱闘を見ていた娘の民弥が、何と思ったか身を飜すと、町の方を目掛けて一散に、野草を蹴散らして走り出したのである。
 一体どうしたというのだろう? 乱闘に驚いて逃げたのであろうか? それとも何かそれ以外に、逃げて行かなければならないような、大事な理由があるのだろうか?
 大事な理由《わけ》があったのである。
「山から下って来た庭師風の人達、南蛮寺の謎を解こうとして、妾《わたし》を尋ねて来たという、ではやっぱり敵なのだ。うかうかしてはいられない。危難を救われた恩はあるが、いつ迄も縋っていようものなら、難題を出されないものでもない。逃げよう逃げよう逃げて行こう!」
 で、民弥は逃げ出したのである。
 仰天したのは浮木の姥で、「民弥殿、民弥殿、逃げてはいけない。何も恐ろしいことはない。戦いは我らの勝でござる。そうして我らは悪者ではござらぬ。お帰りなされ、お帰りなされ」――で後を追っかけた。
 何で民弥が帰るものか。民弥は懸命に走って行く。
 木間を潜《くぐ》り、坂道を転《まろ》び、月光を蹴散らし、町へ町へ! 町の方へと走って行く。
 しかし民弥は逃げられなかった。
 行手に盛り上った森があり、そこの前まで駈けて行った時、五六十人の同勢に、グルグルと取り囲まれてしまったのである。

28[#「28」は縦中横]

 洵《まこと》に異風な人達であった。
 大方の者は赤裸で、茜《あかね》の下帯
前へ 次へ
全63ページ中54ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング