して格闘が行われた。
 全く無言の格闘であった。だがどういう理由からであろう?
 官の方からいう時は、御用提燈《ごようちょうちん》を振り翳《かざ》したり、御用の声を響かせたりして、市民の眼を覚ますことを、極端に恐れ遠慮したからであった。捕り物の真相が伝わったなら、――すなわち将軍家紛失の、その真相が伝わったなら、どんな騒動が起こるかも知れない。それを非常に案じたからであった。
 だがどうして銅銭会員は悲鳴呶号しなかったのであろう? それは彼らの「十禁」のうちに、こういうことがあるからであった。
「究極において悲鳴すべからず。これに叛《そむ》くものは九指を折らる」
 九指とは九族の謂《いい》であった。
 春の闇夜を数時間に渡って、無言の格闘が行われた。
 その結果は意外であった。銅銭会員は全部死んだ。すなわちある者は舌を噛み、またある者は水に投じ、さらにある者は斬り死にをした。


    将軍家柳営へ帰る

 この間も屋敷の表門は、鎖《とざ》されたまま開かなかった。
 捕り物がすっかり片付いた時、始めて門はひらかれた。
 驚くべき光景がそこにあった。銅銭会員十六人が、髪縄《けなわ》で絞
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