首されていた。髪縄の一端には分銅があり、他の一端は門の柱の、刳《えぐ》り穴の中に没していた。
 十六人のうち三人が、辛うじて蘇生をすることが出来た。その三人の白状によって、事件の真相が明瞭になった。
 その夜の暁千代田城内には、驚くべき愉快な出来事があった。いつもの将軍家の寝室に、紛失したはずの将軍家が、ひどく健康《じょうぶ》そうな顔色をして、グッスリ寝込んでいたものである。
 眼を覚ますと家治はいった。
「おれはうん[#「うん」に傍点]と書物《ほん》を読んだよ。実際浮世にはいい書物《ほん》があるなあ。はじめておれは眼が覚めたよ。さてこれからは改革だ。政治の改革、社会の改革、暮しいい浮世にしなければならない」
「しかし上様には今日まで、どこにおいででございましたな?」老中水野忠友が聞いた。
「うん、越中の屋敷にいたよ」
「ははあ松平越中守様の?」
「うん、そうだよ、越中の屋敷に」
「どうしてどこからお出《いで》になりました?」
「それがな、本当に変梃《へんてこ》だったよ。おれが後苑を歩いていると、素的な別嬪が手招きしたものさ。でおれは従《つ》いて行った。すると大奥と天主台の間に厳封をし
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