しかった。芝居、見世物の小屋掛けからは、稽古囃しが聞こえて来た。
 横へ外《そ》れると半太夫茶屋で、ヒラリと渋染めの暖簾《のれん》を潜った。
「おやお色さん、早々と」女将《おかみ》が驚いて顔を長くした。眉を落とした中年増《ちゅうどしま》唇から真っ白い歯を見せた。
「さあお通り。……後からだろうね?」
 ヒョイと母指《おやゆび》を出して見せた。
「私今日は嬉しいのよ」お色はトンと店へ上がった。
「そうだろうね。嬉しそうだよ」
「うん[#「うん」に傍点]とご馳走を食べるよ」
「家《うち》の肴で間に合うかしら」
「そうして今日は三味線をひくわ」
「一の糸でも切るがいいよ。身受けされるっていうじゃあないか」
「その身受けが助かったのよ」
 いつもの部屋へ通って行った。ちんまり[#「ちんまり」に傍点]と坐って考え込んだ。
「私あの人を嘗《な》め殺してやるわ」
 恐ろしいことを考え出した。
「逢い戻り! いいわねえ」――いいことばかりが考えられた。「初めてあの[#「あの」に傍点]人と逢うようだわ」自分で自分の胸を抱いた。ちょうどあの[#「あの」に傍点]人に抱かれたように。「だが何んだか心配だわ」今
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