賃、これが向こうのお屋敷の、若党さんへの心付け」
「これはこれはいつもながら。……お気の付くことでございます。……そこで益※[#二の字点、1−2−22]ご繁昌」
「冗《むだ》をいわずと早くおいでな」
喜介は門を飛び出した。お色は両国を渡って行った。「春の海|終日《ひねもす》のたりのたり哉《かな》」……「海」を「河」に置き代えよう。「春の河終日のたりのたり哉」まさに隅田がそうであった。おりから水は上げ潮で河幅一杯に満々と、妊婦の腹のように膨れていた。荷足、帆船、櫂小船《かいこぶね》、水の面《おもて》にちらば[#「ちらば」に傍点]っていた。両岸の家並が水に映り、そこだけ影がついていた。
「いい景色、嬉しいわね」お色は恍惚《うっとり》と河を見た。「まるでお湯のように見えるじゃあないの」――嬉しい時には何も彼も、水さえ湯のように見えるものであった。「おや都鳥が浮いているよ。可愛いわねえ、有難うよ」またお色は礼をいった。嬉しい時には有難く、有難い時には礼をいう。これは大変自然であった。そこでお色は橋を越した。まだ広小路は午前《おひるまえ》のことであんまり人が出ていなかった。それがまたお色には嬉
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