》を嬲《なぶ》っているよ」彼女はそこでニッコリとした。鳩がポッポと啼いていた。彼女の周囲へ集まって来た。
「厭だねえこの鳩は、邪魔じゃないか歩くのにさ」
御堂の前で掌を合わせた。帯の間から銭入れを抜き、賽銭箱へお宝を投げた。
「どうも有難う、観音様。みんなあなた[#「あなた」に傍点]のご利益よ」
で彼女は歩いて行った。
「何て今日はいい日なんだろう。みんな妾《わたし》に笑いかけているよ。何だか知らないが有難うよ」
往来の人が囁《ささや》き合った。
「あれが評判のお色だよ」「どうでえどうでえ綺麗だなあ」「今日は取りわけ美しいぜ」
「はいはい皆さん有難うよ」彼女は笑って口の中でいった。
「でもね、皆さんお生憎《あいにく》さまよ、見せる人はほかにあるんですよ」
逢ってくれない弓之助
走り使いの喜介の家は、二丁目の露路の奥にあった。お色は煤けた格子戸を開けた。
「ちょいと喜介どん、頼まれて頂戴」
菊石面《あばたづら》の四十男、喜介がヒョイと顔を出した。「へいへいこれはお色さん」
「これをね」とお色は恋文《ふみ》を出した。「いつもの方の所へね。……これが駕籠賃、これが使い
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