とであった。で、養母もご機嫌であった。そこでお色はこの事情を、恋しい男の弓之助へ告げ、今日いつも[#「いつも」に傍点]の半太夫茶屋で、逢おうと巧《たく》んでいるのであった。
「恋しい恋しい」という文字や「嬉しい嬉しい」という文字も、目茶目茶に恋文《ふみ》へ書き込んだ。
「あらあらかしく、お色より、恋しい恋しい弓様へ」こう結んで筆を置いた。封筒へ入れて封じ目をし、さも大事そうに懐中《ふところ》へ入れた。それから他行《よそゆ》きの衣裳を着、それから店へ出て行った。
「ちょっとお母さん出て来てよ」
「さあさあどこへなといらっしゃい」長火鉢の前へ片膝を立て、お誂え通りの長煙管、莨《たばこ》を喫《ふ》かしていた養母のお兼《かね》は、黒い歯茎で笑ってみせた。「おやおや大変おめかし[#「おめかし」に傍点]だね。ふふん、さてはあの人と……」
「いらざるお世話、よござんすよ」
「観音様へ参詣しお賽銭ぐらいは上げるだろうね」
「おや、そいつは本当だね」
いい捨ててお色は戸外へ出た。プーッと春風が鬢を吹いた。で彼女は鬢を押さえた。プーッと春風が裾を吹いた。今度は前を抑えなければならない。「風さえ妾《わたし
前へ
次へ
全82ページ中46ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング