を解いてやろう」そこで彼は考え出した。だがどうにもわからなかった。「こんな熟字ってあるものじゃねえ。川は川だし大は大さ。丁は丁だし首は首だ。音で読めば川大丁首《せんだいていしゅ》。川大にして丁《わかもの》の首? こう読んだって始まらねえ。……こいつ恐らく隠語なんだろう」
依然屋敷は静かであった。
銀杏茶屋のお色は奥の部屋で、袖垣をして恋文《ふみ》を書いていた。まだ春の日は午前であった。店の客も少なかった。部屋の中は明るかった。春陽が丸窓へ射していた。小鳥の影が二三度映った。彼女は大分ご機嫌であった。顔の紐が解けていた。頬にこっぽり[#「こっぽり」に傍点]した笑靨《えくぼ》が出来うっかり指で突こうものなら指先が嵌《は》まり込んで抜けそうもなかった。彼女はひどく嬉しいのであった。千代田城中に大事件が起こり、田沼主殿頭が狼狽し、お色を妾《めかけ》にすることなど、とても出来まいということを――もちろんハッキリといったのではないが、とにかくそういう意味のことを、田沼の家の用人から、今朝方知らせがあったからであったのみならず、養母に渡したところの、手附けの金は手附け流れ、返すに及ばぬというこ
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