度は少し心配になった。「あの人何んておっしゃるだろう」これはちょっと問題であった。「のっけに私はこういうわ。もういいのよ。済んだのよ。お妾《めかけ》に行かなくってもいいのだわ」するとあの[#「あの」に傍点]人おっしゃるかも知れない。「お色、大変気の毒だが、おれには他に情婦《おんな》が出来たよ」……厭だわねえ、困っちまうわ。彼女は本当に困ったように部屋の中をウロウロ見た。「おやこの部屋は四畳半だわ」毎々通る部屋だのに、彼女は初めて気が附いたらしい。「ああでも[#「ああでも」に傍点]ないと四畳半! いいわねえ。嬉しいわ」嬉しい方へ考えることにした。
「でも随分待たせるわねえ」
まだ十分しか待たないのに。
床に海棠《かいどう》がいけてあった。春山の半折《はんせつ》が懸かっていた。残鶯《ざんおう》の啼音《なきね》が聞こえて来た。次の部屋で足音がした。
「いらっしゃったか、やっとのこと」彼女は急いで居住居を直した。だが足音は引っ返した。
「莫迦にしているよ。人違いだわ」彼女はだんだん不機嫌になった。
長いこと待たなければならなかった。女中が茶を淹《い》れて持って来た。
でもとうとうやって
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