だろう。あんまり気前よく承知したので、気味が悪いとでもいうのだろう。そこでいわゆる化粧泣き、そいつで機嫌を取り結び、後に祟りのないように、首尾よく別れようというのだろう。もしそうならおれは怒る!」
若侍は睨むようにした。
恋敵は田沼主殿頭
「というのは他でもない。おれとお前とは二年越し、馴染《なじみ》を重ねた仲だのに、あんまり心持ちが判らなさ過ぎるからよ」いっている間にも若侍の顔には自嘲の色が浮かんでいた。「アッハッハッハッ違うかな。いや違ったらご勘弁、こいつ[#「こいつ」に傍点]器用に謝《あや》まってしまう。とはいえそうでも取らなかったら、他にとりようはないじゃあないか。二人の間にはこれといって、気不味《きまず》いこともなかったのに別れ話を切り出され、しかも理由は訊くなという。ちょっと廻り気も起ころうってものさ」
じっ[#「じっ」に傍点]と女の様子を見た。女は顔を上げなかった。耳髱《みみたぶ》がブルブル顫《ふる》えていた。色がだんだん紅くなった。バッチリ噛み切る歯音がした。鬢の垂れ毛を噛み切ったらしい。
若侍は徳利を取った。自分の盃へ注ごうとした。その手首を握るも
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