れを承知する。アッハッハッ新しいではないか」
 決して厭味でいうのではなかった。それは顔色や眼色で知れた。本当にサラリとした心持ちから、そう若侍は言っているのであった。
「そうと話が決まったら、今日だけは気持ちよく飲ましてくれ」
 若侍は盃を出した。女は俯向いて泣いていた。
「おや、どうしたのだ、泣いているではないか。おれは虐《いじ》めた覚えはない。虐められたのはおれの方だ。虐めたお前が泣くなんて、どう考えても不合理だなあ」まさに唖然とした格好であった。「ははあ解った、こうなのだろう。あんまりおれが手っ取り早く、別れ話を諾《き》いたので、それでお前には飽気《あっけ》なく、やはり月並の別れのように、互いに泣き合おうというのだろう。だがそいつは少し古い。それもお前が娘なら、うん、初心《うぶ》の娘なら、そういう別れ方もいいだろう。ところがお前は娘とはいえ、浅草で名高い銀杏《いちょう》茶屋のお色、一枚絵にさえ描かれた女だ。男あしらい[#「あしらい」に傍点]には慣れているはずだ。お止しよお止しよそんな古手はな。……おや、やっぱり泣いているね。いよいよ俺には解らなくなった。ははあなるほど、こうなの
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