いうのであった。
これには若侍も面食らってしまった。で、しばらく黙っていた。
不快な沈黙が拡がった。
「ふふん、そうか、別れようというのか」こう若侍は洞声《うつろごえ》で云った。
「余儀無い訳がございまして……」
女の声も洞《うつろ》であった。
また沈黙が拡がった。
「別れるというなら別れもしよう。だが理由《わけ》が解らないではな」
「どうぞ訊かないでくださいまし」女は膝を手で撫でた。
「どうもおれにはわからない。藪から棒の話だからな」若侍は嘲けるようにいった。相手を嘲けるというよりも、自分を嘲けるような声であった。「では今日が逢い終《じま》いか。ひどくさばさば[#「さばさば」に傍点]した別れだな。いやその方がいいかもしれない。紋切り型で行く時は、泣いたり笑ったり手を取ったり、そうでなかったらお互いに、愛想|吐《づ》かしをいい合ったり、色々の道具立てが入るのだが、手数がかかり時間がかかりその上後に未練が残り、恨み合ったり憎んだり、詰まらないことをしなければならない。そういうことはおれは嫌いだ。いっそ別れるならこの方がいい。女の方から切り出され、あっさり[#「あっさり」に傍点]そ
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