さん、用があるんだ、ちょっくら[#「ちょっくら」に傍点]駕籠から出ておくんなせえ」後棒の方がこういった。
「あい」と可愛らしい声がした。「もう着いたのでございますか」中から垂れが上げられた。「おやここは森の中、駕舁きさん、厭ですねえ。気味が悪いじゃあありませんか。どうぞ冗談なさらずに着ける所へ着けておくんなさい」言葉の調子が町娘らしい。
「まあ姐さん、急《せき》なさんな。着ける所は眼の先だ。がその前にご相談、厭でも諾《き》いて貰わなけりゃあならねえ」こういったのは先棒であった。「おお後棒、もうよかろう。お前からじっくり[#「じっくり」に傍点]いい聞かせてやんねえ」両膝を立ててうずくまり、腰の辺《あた》りを探ったのは、煙管《きせる》でも取り出そうとするのだろう。
 先棒は及び腰をして覗き込んだ。
「のう姐さん、もうおおかた、見当は着いているだろう。いかにも俺《おい》らは駕舁きだ。が、問屋場に腰掛けていて、いちいちお客様のお出でを待って、飛び出すような玉じゃあねえ。もうちっとばかり[#「ちっとばかり」に傍点]荒っぽい方だ。俺《おい》らは石地蔵の六といい、仲間は土鼠《もぐら》の源太といって、
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