りへ差しかかった。忽ち小柄が飛んで来た。が、幸い駕籠へ中《あた》った。小柄には毒が塗ってあった。そうして柄には彫刻《ほり》があった。銅銭会と彫られてあった。
こうして一昨日の夜となった。その夜将軍家は近習も連れず、一人|後苑《こうえん》を彷徨《さまよ》っていた。と、一人の非常な美人が、突然前へ現われた。見たことのない美人であった。大奥の女でないことは、その女の風俗で知れた。町娘風の振り袖姿、髪は島田に取り上げていた。
女は先に立って歩いて行った。将軍家は後を追った。近習の一人がそれを見付け、すぐ後を追っかけた。御天主台と大奥との間、そこまで行くと二人の姿が――すなわち将軍家と女とが、掻き消すように消えてしまった、爾来消息がないのであった。
弓之助感慨に耽る
甲斐守はこう語った。
弓之助は奇異の思いがした。
「これは陰謀でございますな。狐狸の所業《しわざ》ではありませんな。怪しいのはその女で、何者かの傀儡《かいらい》ではございますまいか?」
「うん俺もそう思う。振り袖姿のその女は、銅銭会の会員だろう」
「申すまでもありません。しかし私は銅銭会より、銅銭会をあやつっ[
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