りに女性的で権臣を取って抑えることが出来ず、権臣のいうままになっていたらしい。少しも下情《かじょう》に通じなかった。権臣がそれを遮《さえぎ》るからであった。で彼は日本の国は、泰平のものと思っていた。彼は性、画を好んだ。そこで権臣は絵師を進め、彼をしてそれにばかり没頭せしめた。
 しかるに最近事件が起こった。近習山村彦太郎が、三河風土記を講読した。すると家治は慨嘆した。「俺は今までこんないい本が、世間にあろうとは思わなかった。もっと彦太郎読んでくれ」
 そこで彦太郎は陸続《りくぞく》と読んだ。それを怒ったのが権臣であった。すなわち田沼主殿頭であった。すぐ彦太郎を退けてしまった。
 しかし将軍家はそれ以来大分心が変わったらしい。やや田沼を疎《うと》むようになった。そうして下情に通じようとした。田沼はそれを遮ろうとした。しかし将軍は子供ではなかった。一旦覚えた智恵の味を忘れることは出来なかった。で将軍家と田沼との間が、どうも円滑に行かなくなった。五日ほど以前《まえ》のことであった。田沼は将軍家をそそのかし[#「そそのかし」に傍点]、上野へ微行で花見に行った、その帰り路のことであった。本郷の通
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