った。じっ[#「じっ」に傍点]と聞いていた甲斐守は、一つ大きく頷いた。
「いやよいことを教えてくれた。ついては弓之助頼みがある。これから大至急谷中へ行き、大岡侯の下屋敷へ伺候し、その老体と面会し、もっと詳しく銅銭会のことを、聞き出して来てはくれまいかな」
「はい、よろしゅうございます。しかしはたしてその老人、会って話してくれましょうか」
「俺から書面をつけることにしよう」
「へえ、それでは叔父様は、その老人をご存知で?」こう弓之助は不思議そうに訊いた。


    銅銭会縁起録

「さよう」といったが曖昧《あいまい》であった。
「まず知っているとして置こう。あの老人は人物だ。徳川家の忠臣だ。しかし一面|囚人《めしゅうど》なのだ。同時に徳川家の客分でもある。捨扶持《すてぶち》五千石をくれているはずだ。まずこのくらいにして置こう。書面が出来た。すぐ行ってくれ」
「はい、よろしゅうございます」
 書面の面には京師殿と、ただ三文字書かれてあった。
 書面を持って飛び出した。ポンと備え付けの駕籠に乗った。
「急いでやれ! 行く先は谷中!」
 深夜ゆえに掛け声はない。駕籠は一散に宙を飛んだ。やがて
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