うことだが、どういう性質の結社だろう? だがそいつは縁起録を見たら、容易に知ることが出来るかもしれない。明日もう一度叔父貴を訪ね、縁起録の内容を知らせて貰おう。とまれ田沼めと銅銭会とは、関係があるに相違ない。あるともあるとも大ありだ。銅銭会員を利用して、将軍家誘殺を試みたのだ。無理に将軍家を花見に誘い、毒塗り小柄で討ち取ろうとした。ところがそいつが失敗《しくじ》ったので、会員中の美人を利用し、大奥の庭へ入りこませ好色の将軍家を誘い出したのだ。容易なことでは大奥などへは、地下《じげ》の女ははいれないが、そこは田沼がつい[#「つい」に傍点]ている。忍び込ませたに相違ない。だがしかし不思議だなあ。突然消えたというのだから」
 彼はブラブラ歩いて行った。
「田沼にいかに権勢があっても、深夜城門を開くことは、どんなことがあっても出来るものではない。だが城門を開かなかったら、城から外へ出ることは出来ない。それだのに突然消えたという。どうもこいつがわからないなあ」
 弓之助には不思議であった。
「もしかすると将軍家には、千代田城内のどの部屋かに、隠されているのではあるまいかな? お城には部屋が沢山ある。秘密の部屋だってあるだろう。どこかに隠されてはいないかな?」
 神田を過ぎて下谷へ出た。朧月《おぼろづき》が空にかかっていた。四辺《あたり》が白絹でも張ったように、微妙な色に暈《ぼ》かされていた。
「山村彦太郎が将軍家へ、風土記を講読したというが、結講な試みをしたものだ。そのため将軍家の眩まされた眼が、少しでも明いたということは、非常な成功といわなければならない。もっとも今度の大事件の、そもそもの発端というものは、その三河風土記の講読にあることは争われないが、決してそれを責めることは出来ない、聞けば山村彦太郎は、賢人松平越中守様に、私淑しているということだが、ひょっと[#「ひょっと」に傍点]かすると越中守様の、何んとはなしの指金《さしがね》によりて、そんなことをしたのではあるまいかな」


    弓之助の社会観

 弓之助は上野へ差しかかった。
「越中守はお偉い方だ。ああいう方が廟堂に立ち、政治をとってくだされたなら、日本の国も救われるのだが、そういう事も出来ないかして、いまだに枢機《すうき》に列せられない。現代政治のとり方は、庚申堂《こうしんどう》に建ててある、三猿の石碑《いし
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