ぎてぎてぎてぎてぎよ」と面白そうに囃し出した。
「お前の頭もてぎてぎよ」と阿信も負けずに云い返えした。
斯うして暫くは内と外とで「てぎてぎ」の競争をしたのであった。
突然戸外で消魂しい「ぎやッ」という悲鳴がしたと思うと、そのまま急に静かになった。
阿信はハッと息を呑んだ。その瞬間に正気に返ったが、彼は静かに立ち上がり戸を開けて戸外を覗いて見た。
一匹の狢《むじな》が斃れている。頭が無残に割れている。
「この狢という獣は自分の頭を木に打ちつけて人語を発するということであるが、此処に死んでいる此狢も戸に頭を打ちつけてあのような人語を発したのであろう。そうして余りに調子に乗って強く頭を打った為め遂々頭の鉢を割ったのであろう――それにしてもこのような狢などに迂濶に魅入られるのは不覚の至、俺の修行はまだ未熟だ」
阿信は口の中で呟いたが心の中は寂しかった。
彼は翌日庵室を捨てて修行の旅へ出たのである。
十五夜の月が円々と空の真中に懸かっていた。その明月を肩に浴びて一人の旅僧が歩いていた。云う迄も無く阿信である。
荒川の堤は長かった。長い堤を只一人トボトボと阿信は歩いて行く。
其時
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