て彼の坐っている膝の上や肩の上などで戯れた。
或深夜のことであったが据えてある五個の位牌の前で彼は看経に更っていた。故主の位牌妻子の位牌、それから八沢の橋の上で討ち果たした二人の敵の位牌!
恩怨二ツ乍ら差別を立てず、彼は祭っているのであったが、看経中ばに不図彼は不思議な物音を耳にした。
「稚子法師の頭《つむり》はてぎてぎよ」
調子を付けて斯う囃しながら、夫れに合わせて庵室の戸をてぎてぎてぎてぎと打つ者がある。
「はてな?」と阿信は首を傾げたが「いやいや心の迷いであろう。風が枝を鳴らす音かも知れない……」
斯う呟くと気を取り直し一心に看経を続けて行った。と復同じ音がする。
「稚子法師の頭はてぎてぎよ」
「てぎてぎてぎてぎ」と戸を叩く音! それは決して心の迷い[#「迷い」は底本では「迷ひ」]でも無く風が枝を鳴らす音でも無い。確かに何者かが囃しているのである。阿信はじっと聞き澄ました。
その中に彼の心持は其戸の外の囃しに連れて次第に陽気になって来た。で彼は思わず斯う云った。
「お前の頭もてぎてぎよ」
すると戸外の其音は以前よりも一層鮮明と、
「稚子法師の頭はてぎてぎよ」
「てぎて
前へ
次へ
全17ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング