は浮世を捨てたのであった。染衣一鉢の沙門の境遇が即ち彼の身の上なのであった。彼は僧侶になったのである。

     三

 僧になってからの彼主水は普通の僧の出来ないようなあらゆる難行苦行をした。そうして間も無く名僧となった。阿信というのが法名であったが世間の人は、『稚子法師』と呼んだ。曽て美しい稚子として山村蘇門に仕えた事があり、法師になってからも顔や姿が依然として美しいからであった。
 彼は法師となってからも決して其生活は無事では無く、絶えず妖怪に付き纏われた。併し其都度堅い信念と生来の大勇猛心とで好く災を未然に防いだ。
 要するに彼の生涯は、怪異に依って終始したのであって、左に書き記した三つの怪談は、彼の遭遇した怪異の中では、特色のあるものである。
 林は落葉に埋もれていた。秋十一月の事である。
 林の中に庵室がある。一人の僧が住んでいた。穏の容貌、健の四股、墨染の法衣に同じ色の袈裟、さも尊げの僧である――これは阿信の稚子法師であった。そうして此処は桔梗ヶ原であった。原に住んでいる鳥や獣は、彼の慈愛に慣れ親しんで庵室の周囲へ集まって来た。風雨の劇しい時などは部屋の中まで這入って来
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