稚子法師
国枝史郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)謳《うた》われ

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)白糸|縅《おどし》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)稚子[#「稚子」は底本では「雅子」]侍
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     一

 木曽の代官山村蘇門は世に謳《うた》われた学者であったが八十二才の高齢を以て文政二年に世を終った。謙恭温容の君子であったので、妻子家臣の悲嘆は殆ど言語に絶したもので、征矢野《そやの》孫兵衛、村上右門、知遇を受けた此両人などは、当時の国禁を窃に破って追腹を切った程である。
 で、私の物語ろうとする『稚子法師』の怪異譚は即ち蘇門病歿の時を以て、先ず其端を発するのである。
 不時のご用を仰せ付かって、信州高島諏訪因幡守の許へ、使者に立った萩原主水は、首尾よく主命も果たしたので、白馬に鞭打ち従者を連れ、木曽路を洗馬《あらいうま》まで走らせて来た。
 塩尻辺で日を暮らす、此処洗馬まで来た頃には文字通り真の闇であった。先に立った足健康《あしまめ》の従者が高く振りかざす松火の光で、崎嶇《きく》たる山骨を僅に
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