た。
勿論誰に招かれても決して招待に応じなかった。化物屋敷と呼ばれている牛込榎町の真田屋敷へ、好んで自分から宿を取って一人で寂しく住んでいた。
千五百石の知行を取った真田和泉という旗本が数代に渡って住んだ所で、代々の主人が横死した為め化物屋敷の異名をとり、立派な屋敷でありながら今は住む人さえ無いのであった。
「生きて居る人も死んだ人も僧侶に執っては変りは無い。幽霊や妖怪が有ればこそ僧という役目が入用なのだ」
斯う阿信は人にも語り自分でも固くそう信じて真田屋敷へは住んだのであった。
それは石楠花《しゃくなげ》の桃色の花が木下闇に仄々と浮び、梅の実が枝に熟するという五月雨時のことであったが、或夜何気なく雨の晴間に雨戸を一枚引き開けた庭の景色を眺めていると、築山の裾にぼんやりと袴を着けた小侍が此方を見乍ら立っていた。
「誰人?」と阿信は声を掛けた。するとつつましく頭を下げたが其瞬間に小侍の姿は掻き消すように消えたのである。
「これが化物の正体だな」
阿信は思わず呟いた。
斯ういうことがあってから、その袴を穿いた小侍の姿は、度々彼の前へ現れた。そうして終《つい》には彼と幽霊とは互に
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