話を為すようにさえなった。
或夜、その男が現われたので、彼は急いで呼びかけた。
「同じ屋敷に住んでいる上は、其方も俺も友達である。屋敷へ上がって茶でも呑むがよい」
「それではご馳走になりましょうか」
斯う云うと其男は上がって来た。そこで阿信は茶を淹れて互に隔意無く話し込んだ。男の様子には異った所も無い。別して今宵は楽しそうになにくれとなく物語った。そこで阿信は斯う云って見た。
「さても其方は何者ぞ? 今夜はありように語るがよい。そうして今後は一層仲好く頼まれもし頼みもしようではないか」
すると其男は俯向いていたが、此時静かに顔を上げた。
「ご好意有難くはござりますが、今宵限り和尚様ともお目にかかることはありますまい」
斯う云うと復も俯向いた。
「深い事情がありそうだな。ひとつ其事情を聞き度いものだ」
「お安いご用でござります。それではお話し致しましょう。私事は司門と申して此真田家の五代前の主人に仕えていたものでござります。主人和泉の朋友に但馬という方がござりました。そして其方のお妹御に雪と申すお娘御がござりましたが、大変お美しゅうござりましたので主人和泉が懸想を致し妻に貰い度い
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