「こっちへ来るぞ打って取れ!」
即ち狂信者の連中が、三方四方に組を分け、包囲するように追って来たが、その一組がその方角から、こっちへ走って来るのであった。
「いけない!」と喚くと岡引の松吉は、身を飜えすと左へ曲がった。
なおも、ひた走るひた走る。
するとその行手からこっちを目掛け、狂信者の群が走って来た。
「いけない」と露路へ走り込んだ。
「どうぞお助け下さいまし」
露路に倒れていた一人の老婆が、腕を延ばすと縋り付こうとした。
「お粥なと一口下さりませ」
「こっちこそ助けて貰いたいよ」
振り切って松吉はひた走る。
出た所が川口町で、群集が飛び廻り馳せ廻っている。
大火になると思ったのだろう家財を運んでいる者がある。
ぶちこわし[#「ぶちこわし」に傍点]が恐ろしい連中なのであろう雨戸を閉ざす者もある。
露路に向かって駈け込む者、露路から往来へ駈け出る者……それで、往来はごった返している。
「うむ、これなら大丈夫だ。身を隠すことも出来るだろう」
松吉は背後《うしろ》を振り返って見た。薄紅い火事の遠照を縫って、青い火が一点ゆらめいて来る。
「どうもいけない、目つかりそうだ
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