懲りずにまたも近寄りましたは、何より幸いにございます。今度こそ逃がさず追い詰めて、息の根を止めるでございましょう」
狂信者の群を見廻したが、
「向こうへ逃げて行くあの男こそ、我々にとっては無二の敵、教法を妨げる法敵でござる。追い付いて討っておとりなされ」
狂信者の群が後を追う。
背後《うしろ》を振り返った岡引の松吉は、
「いけないいけない追っかけて来る。いよいよ今朝方と同じだ。さあてどっちへ逃げたものだ。まさかにもう一度|扇女《せんじょ》さんの家へ、ころがり込むことも出来ないだろう。一体ここはどこなんだろう?」
霊岸島の一ノ橋附近で、穢い小家が塊まっている。火事の光でポッと明るく、立騒いでいる人の姿が、影絵のように明暗して見える。
「火事だ火事だ!」
「ぶちこわしだ!」
「さあ押し出せ!」
「ぶったくれ!」
などという声々が聞こえてくる。
軒に倒れている人間がある。飢えた行路人《ゆきだおれ》に相違ない。家の中からけたたましい、赤子の泣き声が聞こえてくる。乳の足りない赤子なのであろう。
そこを走って行く松吉である。
と、右へ曲がろうとした。するとそっちから叫び声がした。
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