と、そうしてお久美の一団とは、当然衝突しなければならない。
「上州、お前は自由《まま》にするがいい、俺は逃げるぜ。相手が悪い!」
 云いすてると岡引の松吉は、露地へ一散に駈け込んでしまった。
「いやはやまたも逃げ出しの番か、今日は朝からげんが悪い。……こいつがあたりまえ[#「あたりまえ」に傍点]の連中なら、何の俺だって逃げるものか。……ところが相手は大変者だ。のみならず今夜は大勢で、しかも狂人《きちがい》になっている。取り囲まれたら助からない」
 そこで、一散に走るのであったが、お久美を頭に狂信者の群が、その後を追って走って来た。
「今朝方秘密の道場を、看破った人間にございます。連雀町の松吉だと、自分から宣って居りました。岡引に相違ございません」
 こう云ったのは市郎右衛門で、脇差を抜いてひっ[#「ひっ」に傍点]下げている。
「岡引といえば、官の犬、犬に嗅ぎ出された上からは、手入れをされると思わなければならない。手入れをされないその前に、是非とも命を取ってしまえ!」
 龕を捧げたお久美である。
「今朝方仰せをかしこみまして、追いかけましてございますが、とうとうとり逃がしてしまいました。
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