なおもぐるぐる廻ったが、とうとう両国の広小路へ出た。
 飢饉の折柄ではあったけれども、ここばかりは全く別世界で、見世物、小芝居、女相撲、ビッシリ軒を立て並べ、その間には水茶屋もある。飜《ひら》めく暖簾《のれん》に招きの声、ゾロゾロ通る人の足音、それに加えて三味線の音、太鼓の音などもきこえてくる。
「旨いぞうまいぞ、これならマケるぞ」
 群集に紛れ込んだ鉄之進は、こう口の中で呟いたが、しかし何となく不安だったので、こっそり背後《うしろ》を振り返って見た。
 いけないやっぱり従けて来ていた。しかもこれ迄の従け方とは違い、刀の柄へ手を掛けて、追い逼るように従けて来る。群集が四辺《あたり》を領している、こういう場所で叩っ切ったら、かえって人目を眩ますことが出来る。――どうやら彼らはこんなように、考えて追い逼って来るようであった。
「これはいけない、危険は逼った。ここで切り合いをはじめたら、大勢の人を傷付けるだろう。と云ってああ[#「ああ」に傍点]もハッキリと、殺意を現わして来る以上は、憎さも憎しだ、構うものか、一人二人叩っ切って逃げてやろう」
 こう決心をした鉄之進が、迎えるようにして足を止め
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