し」に傍点]、柏屋へ連れ込んだ連中があったが、その連中の一味かも知れない。何と云ってもこの俺は、高価の品物を持っている。奪おうと狙っている連中が、いずれは幾組もあるだろう。加賀屋源右衛門へ渡す迄は、保存の責任が俺にある。つまらない連中に関係《かかりあ》って、もしものことがあろうものなら、使命《つかい》を全うすることが出来ぬ。……そうだ、あいつらをマイてやろう」
 そこで鉄之進は足を早めた。
 旅籠町の方へ曲がったのである。
 そこで、チラリと振り返って見た。五六人の武士が従《つ》いて来る。
「これは不可《いけ》ない」と南へ反れた。
 出た所が森田町である。
 でまたそこで振り返って見た。やはり武士達は従いて来る。そこで今度は西へ曲がった。平右衛門町へ出たのである。
 また見返らざるを得なかった。いぜんとして武士は従いて来る。
「いよいよこの俺を尾行《つけ》ているらしい。間違いはない、間違いはない」
 そこでまた南へ横切った。神田川河岸へ出たのである。それを渡ると両国である。
「よし」と鉄之進は呟いた。
「両国広小路へ出てやろう。名に負う盛場で人も多かろう。人にまぎれてマイてやろう」
 
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