のかなたを、岡引の松吉は走っていた。
だがその行手に露地があり、そこへ駈け込んだ一刹那、またもや意外な出来事に逢った。
「無双の早業、素晴らしい手並、すっかり見ていた、立派であったぞ!」
深編笠に黒紋付、仙台平の袴を穿き、きらびやかの大小を尋常に帯び、扇を握った若侍に、こう言葉を掛けられたのである。衣裳の紋は轡《くつわ》である。
「え」と云った岡引の松吉は、足を止めざるを得なかった。
「お褒めのお言葉、有難いことで。……が、全体、貴郎《あなた》様は?」
「拙者か」と云ったが歩き出した。
「柏屋の秘密を知って居るものだ」
「では」と云うと睨むように見た。
「宇和島様ではございませんかね?」
一種の直感で感じたのらしい。
それには返事をしなかったが、
「見受けるところ目明しだの。……柏屋から飛び出したあわただしい気振り、それもすっかり見届けた。……そこで、約束をしてもよい。お前の力になるかもしれない。この俺がな、都合次第。……今日はこれだけ。別れよう」
露地から出たが人混《ひとごみ》にまじり、間もなく姿が見えなくなった。
「おかしいなあ、何者だろう? ……宇和島という武士に相違な
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