気の付くはずはありゃしない。いや有難う、御用済みだ……。ところで」と云うと丁寧松は、番頭の方へ顔を向けたが、
「気を悪くしちゃア不可《いけ》ませんぜ」
一層声を押し低めたが、
「あれが評判の開けずの間だね?」
築山の横に木立に囲まれ、立っている古々しい離れ座敷へ、頤を向けて訊いたことである。
「へい左様でございます」
「どれちょっくら[#「ちょっくら」に傍点]拝見して来よう。ナーニ中へは入りゃアしない」
庭下駄を突っかけて歩いて行った。
15[#「15」は縦中横]
変った建物では無かったけれど、陰森たる建物には相違なく、縁が四方を取り巻いてい、雨戸がビッシリと閉ざされていた。縁も古ければ雨戸も古い。しかし用木は頑丈で、それが時代を食《は》んでいる為か、鉄のような色を呈してい、瓦|家根《やね》が深く垂れ下り、その家屋も黒く錆ていた。だから巨大な蝙蝠が、翼をひろげているようである。何処からも日の目が射して来ない。繁った木立が四方を鎧い、陽を遮っているからだろう。とは云え家根の一面だけが、陽を受けて明るく燃えている。それで、そこだけが昼であり、その他の所は宵闇であると、こういう
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