あッ」と老人は声を上げた。
と、その声が呼んだかのように、土蔵の口へ現われたのは、顔に醜い薄|痘痕《あばた》のある、蔵番らしい男であったが、手に匕首《あいくち》を握っている。じっと狙ったは老人の首で、ジリジリジリジリと擦り寄って行った。
11[#「11」は縦中横]
「親分おいででござんすかえ」
「はいはいおいででございます」
「これは親分お早うございます」
「はいはいお早うございます」
「たんへんな事件《こと》が起こりましたので」
「ははあ左様で、承《うけたま》わりましょう」
「加賀屋の主人が消えましたんで」
「これは事件《こと》でございますな」
「昨夜《ゆうべ》のことでございますよ」
「ははあ左様で、昨夜のことで」
「いまだに行方が知れませんので」
「なるほどこれは大変なことで」
「家内中大騒ぎでございますよ」
「これは騒ぐのが当然で」
「ところがああいう大家のことなので、表立って世間へは知らせられないそうで」
「もっとももっとも……もっとももっとも」
「それ信用にも関しますので」
「左様どころではございません」
「一通り訊いては参りました」
「これはお手柄、承わりましょう」
前へ
次へ
全109ページ中46ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング