「ええと昨夜も更けた頃に、町方のお役人がこっそりと、加賀屋へ参ったそうでございますよ」
「ああ町方のお役人様がね」
「で主人と逢いましたそうで」
「ああ左様で、源右衛門さんとね」
「ええそれからヒソヒソ話……」
「ははあお役人と源右衛門さんがね」
「と、どうしたのか源右衛門さんには、にわかに血相を変えまして、奥へ入ったということで」
「なるほどね、なるほどね」
「つまりそれっきり消えましたそうで」
「なるほどね、なるほどね」
「ところがもう一つ不思議なことには……」
「はいはい、不思議が、もう一つね」
「その夜若旦那も帰りませんそうで」
「へーい、なるほど、源三郎さんもね」
「親子行方が知れませんそうで」
「それは、まあまあ[#「まあまあ」に傍点]大変なことで」
聞いているのは岡引の松吉で、その綽名《あだな》を「丁寧松」といい、告げに来たのは松吉の乾兒《こぶん》の、捨三《すてさぶ》という小男であった。
所は神田|連雀《れんじゃく》町の丁寧松の住居《すまい》であり、障子に朝日がにぶく[#「にぶく」に傍点]射し、小鳥の影がぼんやり[#「ぼんやり」に傍点]とうつる、そういう早朝のことで
前へ
次へ
全109ページ中47ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング