やがて、大学は云い出した。
「ところで有るのかい、可愛い人が?」
「こんな商売、情夫《いろ》がなくては、立ち行くものじゃアありませんよ」
「一体どいつだ、果報者は」
 勿論大学怒ったのではない。語気を強めて云ったまでである。
 怒るような大学ならいいのであって、いつも冷静、いつも策略、そうでなければ世は渡れぬ――と考えている彼なのであった。
「あやかり[#「あやかり」に傍点]たいの、果報者に」
「なかなかむずかしゅう[#「むずかしゅう」に傍点]ございますよ、果報者にあやかるということわね」
「ひどく勿体をつけるじゃアないか」
 ツト手を延ばすと盃を取り上げ、
「まず注いだり。……冷めたかな」
 銚子を取り上げた吉沢扇女は、盛り溢れるほど酒を注いだ。
「注ぎっぷりだけはいい気前だ」
「他人《ひと》のお酒でございますもの」
「御意、まさしく。拙者の酒で……」
 するとその時どこからともなく――と云って勿論屋敷内からではあったが、罵り合う声が聞こえてきた。
 ガラガラと物を投げる音もした。




「おや」と扇女は聞きとがめた。
「何をしたのでございましょう?」
 だが大学は黙っていた
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