立派な顔、女役者としても立て物らしい。大きなハッキリした二重瞼眼、それには情熱があふれている。全体が非常に明るくて、いつも愉快な冗談ばかりを、云いたそうな様子を見せている。人生の俗悪そのもののような、興行界に居りながら、それに負けずに打ち勝って行く――と云ったような女である。
 小屋掛けではあるが大変な人気の、両国広小路にこの頃出来た、吉沢一座の女歌舞伎、その座頭の扇女《せんじょ》なのであった。年は二十二三らしい。
 明るく燈火《ともしび》が燈《と》もってい、食べ散らし飲み散らした盃盤が、その燈火《ひ》に照らされて乱雑に見え、二人ながらいい加減酔っているらしい。
「どうだどうだ、え、扇女、ソロソロおっこち[#「おっこち」に傍点]てもいいだろう」
 扇女の胸の辺りへ視線を送り、大学はこんなことを云い出した。
「御贔屓様は御贔屓様、旦那様は旦那様、可愛いお方は可愛いお方、ちゃあんと分けて居りますのでね」
 扇女は早速蹴飛ばしてしまった。ビクともしない態度である。
「久しいものさ、その白《せりふ》も」
 大学はニヤニヤ笑っている。決して急かない態度である。
 二人ながらちょっとここで黙った。
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