。とはいえ顔の表情の中には、困ったことをしやアがる、こんな肝心な大事な場合に――と云ったような気振りが見える。
物を投げる音に引きつづき、罵り合う声が聞こえてきた。それも二人や三人ではなく、たくさんの人達が大声で、罵り合っているようである。
「静かなお屋敷だと思っていましたのに、どうやら大勢の人達が、おいでなさるようでございますね」
こう云った扇女の言葉には皮肉の調子がこもっていた。
「女中三人に下僕が二人、閑静な生活《くらし》をしているよ、だから遊びに来るがよい。――などと仰有《おっしゃ》ったお言葉も、あてにならないようでございますね」
大学は顔を顰めている。神経質らしいところさえ見せ、不機嫌に盃を嘗めている。
物を投げる音は直ぐ止んだが、罵り声はまだ止まない。
「気味の悪いお屋敷でございますこと。……どれ妾《わたし》は帰りましょう。気味のよくないお屋敷などで、気味の悪い旦那様を相手にし、いつ迄お酒盛りをしたところで、面白くも可笑《おか》しくもございません」
「待てよ」とはじめて鮫島大学は、チラリと凄味を現わしたが、
「帰しはしないよ、遊んで行け。屋敷が不気味であろうとも、こ
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