。静かである。ハタハタハタ……ハタハタハタと、夜風に靡く五月幟《さつきのぼり》の、音ばかりが聞こえてくる。
位取った二人は動かない。藤の花の匂い、ほのかであり、十六夜《いざよい》の光、清らかである。こんな奇麗な佳《い》い晩に、二人は斬り合おうとするのであった。
二人は動いて、太刀音がした! 即ち鏘然、合したのである。と、ピッタリ寄り添った。鍔逼り合いだ! 次は勝負! どっちか一人斃れるだろう。しかし群像は動かない。群像の頭上を抽《ぬきんで》てキラキラ閃めくものがある。月光を刎《は》ねたり纏ったり、ビリ付いている太刀である。と、忽然、次の瞬間、「ウン」と云う呻き! 二人同時だ! 群像は前後へ別れたが、不思議とどっち[#「どっち」に傍点]も仆れなかった。しかも一つの人影が、糸に引かれるそれのように、非常に素早く後退り、潜戸の側まで近寄って、そうして潜戸が一杯に開いて、その人影を吸い込んで、そうしてギ――ッと閉ざされた時、闘争は終りを告げたのである。
屋敷へ入り込んだは若侍であり、後へ残ったのは黒鴨の武士で。……
後はひっそり[#「ひっそり」に傍点]と静かであった。
6
事件
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