開き、またもや老人の声がした。
「お入りなさりませ、御浪人様!」
「オイ」と云ったは黒鴨である。
「どうだどうだ、どっちへ仕える?」
「考えるにも及ぶめえ」
「十両取るか」
「どう致しまして」
「それじゃアあっちへ行くつもりか?」
「云うにゃ及ぶだ、倍も食えらあ」
「きっとか」と黒鴨は眉を縮《ちぢ》めた。
「何時《いつ》如何《いか》なる時代でも、もっと食える方へ行くものさ」
「ホッ、ホッ、ホッ」
 嘲笑である。黒鴨が嘲笑をしたのである。
 が何とその嘲笑、残忍性を帯びていることか。
「そうか、だがな、オイ若侍、そうなった日の暁には、拙者の矢面へ立つのだぞ!」
「よかろう、大将、戦おうぜ!」
「まずこうだあァ――ッ」と凄い気合を、かけると同時に抜いた太刀で、のめらん[#「のめらん」に傍点]ばかりの掬《すく》い切り、若侍の股の交叉《つがい》を、ワングリ一刀にぶっ放した[#「ぶっ放した」は底本では「ぶつ放した」]。――と云う手筈になるところを、飛び違った若侍は、
「こっちもこうだあァ――ッ」と浴びせかけ、飛び違う間に抜いた太刀を、ヌ――ッとのす[#「のす」に傍点]と振り冠った。
 で、無言だ
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