くお久美へ追い付いたが、
「天誅!」と叫ぶと背後袈裟《うしろげさ》に、右肩から背筋へまで斬り付けた。
龕が投げられ、悲鳴が起こり、お久美が倒れてノタ打つのを、宙へ舁《か》きのせたが狂信者の群は、矩之丞の手並に恐れたのであろう、往来の方へなだれ出た。
もう追おうともしなかった。宇津木矩之丞は血刀を拭うと、ソロリと鞘へ納めたが、
「何か加賀屋にあったようだ」
裏木戸までスルスルと引っ返した時、その裏木戸が中から開けられ、
「お武家様いかがでございました」
岡引の松吉が顔を出した。
「ちょっとお入り下さいまし、加賀屋の主人と若旦那とが。……」
「源右衛門殿がな」と入ったが、やがて遠々しく声がした。
「や、若主人が源右衛門殿を!」
「ナーニ、からくり[#「からくり」に傍点]でございます」
岡引の松吉の声である。
一方鮫島大学の身にも、一つの事件が起こっていた。
「さあさあ方々出動なされ、面白い芝居が打てましょうぞ。……火の手は上った。燃え上った。役目をしようぞ、風の役目を!」
火事場泥棒の心持である。ぶちこわし[#「ぶちこわし」に傍点]の騒動に付け込んで、悪事をしようと企んだの
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