事の光りで見て取った時の彼女の驚きと云うものはちょっと形容に苦しむ程であった。その伊太郎は気絶していた。そうして手足から血を流していた。
 彼女は軽業の太夫《たゆう》であって馬扱いには慣れていた。で小舟を乗り捨てて馬と一緒に泳ぐことにした。荒れ狂う浪を掻き分け掻き分け馬と人とは泳ぎに泳いだ。精も根も尽き果て、もう溺れるより仕方がないと、こう彼女が思った時、眼前に石垣が現われた。伊太郎の家の石垣であった。
 伊太郎の家ではもう先刻《さっき》から、伊太郎の姿が見えないと云うので、母をはじめ家内の者は狂人のようになっていた。とそこへ現われたのが伊太郎を抱き抱えた紫錦の姿であった。
「伊太郎さんが!」
「若旦那が!」
 と、にわかに人々は活気付いた。張り詰めていた精神がこの時一時に弛んだと見えて、紫錦は気絶してグダグダと倒れた。それ[#「それ」に傍点]と云うので人々は二人を家の中へ舁ぎ入れた。間もなく医者が駈け付けて来て応急手当を施した。
 この頃町では火事と戦いとがなお烈しく行なわれていた。それが全然《すっかり》静まったのは夜も明け方に近い頃で、その結果はどうかと云うに、むしろ諏訪藩の負けであった。小屋者にも浪士達にも、大半逃げられてしまったのであった。
 伊太郎と紫錦が蘇生したのはそれから間もなくのことであった。二人は顔を見合わせてかつ驚きかつ喜んだ。紫錦は伊太郎の命の親であった。伊丹屋としても粗末に出来ない。それに彼女が属していた例の軽業の一行は、今は行衛《ゆくえ》不明であった。いわば彼女は宿なしであった。で伊丹屋では娘分として彼女を養うことにした。
 信濃の春は遅かったが秋の立つのは早かった。湖水の水が澄みかえり八ヶ嶽の裾野に女郎花《おみなえし》が咲いた。虫の鳴音が降るように聞こえた。この頃伊丹屋では諏訪を引き上げ江戸の本宅へ帰ることになった。
 さて、ところで、紫錦にとっては、江戸の本宅の生活は、かなり窮屈なものであった。ジプシイ型の彼女から見れば、まるで不自由そのものであった。ちょっと外出《でる》にも女中が付き、箸の上げ下げにも作法があった。
「簡単」ということが卑しまれ「面倒臭い」ということが尊ばれた。膝を崩すことも出来なければ寝そべることも出来なかった。あらゆるものに敬語を付け、呼び捨てにするのを失礼とした。「お箸《はし》」「お香の物」「お櫛《ぐし》」「お召物」――
 彼女は繁雑に耐えられなくなった。
 それに一緒に住んで見れば、柔弱の伊太郎も鼻に付いた。
「万事万端|拵《こしら》え物のようで、活気というものがありゃアしない」彼女はこんなように思うのであった。
「お金持とか上流とか、そういった人達の生活《くらし》方が、みんながみんなこうだとすれば、ちっともうらやましいものではない」
 とはいえ以前の生活へ帰って行きたいとは思わなかった。それは「泥棒の生活」であり又「動物の生活」だからであった。
「何か妾にぴったりと合った有意味の暮らし方はないものかしら」
 彼女はそれを目付けるようになった。
 伊丹屋の主人伊右衛門が或日女房にこう云った「お錦《きん》、近来《ちかごろ》変わってきたね。なんだかおちつかなくなったじゃないか」
「そう云えば本当にそうですね」女房のお琴《こと》も眉を顰《しか》め「いったいどうしたって云うんでしょう」
「それにお錦は左の腕を、いつも繃帯しているが、どうも私は気になってならない」
「ほんとにあれ[#「あれ」に傍点]は変ですね」
「お前からそれとなく訊いて見るがいい」
 ――それで、或日それとなくお琴はお錦へ訊《たず》ねて見た。
「お前傷でもしたんじゃないの?」
「いいえ、そうじゃございません」お錦はそっと着物の上から左の二の腕を抑えたが、
「痣があるのでございますの」
「まあ、そうかえ、痣がねえ」
 お琴は意外な顔をした。



 紫錦《しきん》は伊丹屋へ来て以来、その名をお錦《きん》と呼び変えられていた。そのお錦の最近の希望《のぞみ》は、女中も連れず、ただ一人で浅草辺りを歩いて見たいことで、もしそれが旨く行こうものならどんなにのうのう[#「のうのう」に傍点]するだろう――こう彼女は思うのであった。
 で或日外出した時、うまうま途中で女中をまいた[#「まいた」に傍点]。喜んだお錦はその足で浅草の方へ歩いて行った。浅草奥山の賑《にぎわい》は今も昔も変りがなく、見世物小屋からは景気のよい囃子の音が聞こえてきた。恐ろしいような人出であった。
 観音様へお賽銭を上げ、それからお堂の裏手の方へ宛もなく彼女は歩いて行った。
「オイ紫錦《しきん》さん、紫錦さんじゃないか!」
 誰やら背後《うしろ》から呼ぶ者があるので彼女は驚いて振り返った。
「おや、お前、トン公《こう》じゃないか?」
「ナーンだ、やっぱり紫錦さんか」
 昔のお仲間、道化のトン公、三尺足らずの福助頭――それが笑いながら立っていた。
「たしかにそうだとは思ったが、何しろ様子が変っているだろう。穏《おとな》し作りのお嬢さん、迂闊《うっか》り呼び掛けて人|異《ちが》いだったら、こいつ面目《めんぼく》がねえからな。それでここまでつけて[#「つけて」に傍点]来たのさ」
「まあそうかえ、どこで目付けたの?」
「うん、玉乗の楽屋でね。俺《おい》らあそこに傭《やと》われているんだ」
 二人は歩きながら話すことにした。
「……で、そういった塩梅《あんばい》でね、諏訪以来一座は解散さ。チリチリバラバラになったのさ。……随分お前を探したよ。親方にとっては金箱だし源公《げんこう》から見れば恋女だ。そのお前がどこへ行ったものか、かいくれ行衛《ゆくえ》が知れねえんだからな。そりゃア随分探したものさ。ああ今だって探しているよ。執念深い奴らだからな」
「そりゃあもう探すのが当然さ」
 お錦は何となく憂鬱に云った。「それで、随分怒っているだろうね」
「ああ随分怒っているよ。恩知らずの不幸者だってね。……そう親方が云うんだよ」
「実の親でもない癖に」お錦はにわかに反抗的に「不幸者が聞いて呆れるよ」
「そうともそうとも本当にそうだ」トン公はすぐに同情した。「怨こそあれ恩はねえ道理だ。いずれお前を誘拐《かどわか》したものさ」
「そうよ、妾の小さい時にね」
「その上ふんだん[#「ふんだん」に傍点]に稼がせてよ。あぶく銭を儲けたんだからな」
「恩もなけりゃ義理もない訳さ」
「ところでどうだな、今の生活《くらし》は?」
「さあね」とお錦は気がなさそうに「大してうらやましい生活でもないよ」
「そうかなア、不思議だなア」トン公は仔細らしく考え込んで「でもお前《めえ》伊丹屋といえば江戸で指折の酒屋じゃねえか。そこの養女ときたひにゃア云う目が出るというものだ」
「そりゃあそうだよ。云う目は出るさ。でもね、本当の幸福ってものは、そんなものじゃないと思うよ」
「それにお前《めえ》伊太郎さんは、お前の好きな人じゃアねえか」
「嫌いでなかったという迄の人さ。それにどうも妾とはね、気心がピッタリと合わないのだよ」
「ふうん、そうかなア、変なものだなア。……だが、オイ、そりゃア我儘ってもんだぜ」
 しかしお錦は黙っていた。
「だがマアお前《めえ》と逢うことが出来て、俺《おい》らほんとに嬉しいよ」ややあってこうトン公が云った。
「お前はそうでもあるめえがな」
「いいえ妾だって嬉しいよ」本心からお錦は云うのであった。「何といったって昔馴染だからね」
「そう云われると嘘にしても俺らは素敵にいい気持だよ」
 なるたけ人のいない方へと二人は歩いて行くのであった。
「それじゃお前さんはここ当分玉乗の一座にいるんだね」
「他に行き場もないからな」
「それじゃいつでも逢えるのね」
「だが余《あんま》り逢わねえがいい、今じゃ身分が異《ちが》うんだからな」
「莫迦をお云いな。逢いに行くわよ」
「それに親方も源公もいずれ江戸の地にはいるんだからな、あんまり暢気《のんき》に出歩いていて目付けられると五月蠅《うるさい》ぜ。何しろ源公ときたひにゃア、未だにお前に夢中なんだからな」
「源公なんかにゃ驚かないよ」お錦はむしろ冷笑した。「それこそ一睨みで縮ませて見せるよ」
「そりゃあマアそうに異《ちげ》えねえが……」
 トン公はやはり心配そうであった。



 二三日経った或日のこと、浅草観音の堂の側《わき》に、目新しい芸人が現われた。莚を敷いたその上で大きな鼬を躍らせるのであったが、それがいかにも上手なので、参詣の人の注意をひいた。
 芸人の年輩は不明であったが、四十歳から六十歳迄の間で、左の耳の根元の辺りに瘤のあるのが特色であった、陽にやけた皮膚筋張った手足、一癖あり気の鋭い眼つき、気味の悪い男であった。
「さあさあ太夫《たゆう》さん踊ったり踊ったり」
 手に持っていた竹の鞭で、窃《そっ》と鼬に障わりながら、錆のある美音で唄い出した。
[#ここから3字下げ]
※[#歌記号、1−3−28]甲州出るときア涙が出たが
今じゃ甲州の風も厭
[#ここで字下げ終わり]
 春陽が明々と地を照らしその地上では鳩の群が餌をあさりながら啼いていた。吉野桜が散ってきた。堂の横手芸人の背後《うしろ》に巨大な公孫樹《いちょうのき》が立っていたが、まだ新芽は出ていなかった。鼬の大きさは四尺もあろうか、それが後足で立ち上り、前足をブラブラ宙に泳がせ、その茶色の体の毛を春陽《はるひ》にキラキラ輝かせながら、唄声に連れて踊る態は、可愛くもあれば物凄くもあった。
 投銭放銭がひとしきり[#「ひとしきり」に傍点]降り、やがて芸当が一段落となった。その時目立って美しい娘が供の女中を一人連れ仲見世の方からやって来たが、大道芸人の顔を見るとにわかに足を急がせた。その様子が変だったので、大道芸人は眼をそばめた。
「おや? 可笑《おか》しいぞ、彼奴《あいつ》そっくりだぞ?」
 こう口の中で呟いたかと思うと、彼の側《そば》に蹲居《しゃが》んでいた二十四五の若者へ、顎でしゃくって[#「しゃくって」に傍点]合図をした。
「オイ源公《げんこう》、今のを[#「のを」に傍点]見たか?」
「うん」と云うと若者は、その殺気立った燃えるような眼で、人混の中へ消え去ろうとする娘の姿を見送ったが、「異《ちげ》いねえよ、あの阿魔《あま》だよ」
「だが様子が変わり過ぎるな」
「ナーニ彼奴だ、彼奴に相違ねえ」
「そうさ、俺もそう思う」
「畜生、顔を反けやがった」
「オイ源公、後をつけて見な」
「云うにゃ及ぶだ。見遁せるものか」
 で、源公は人波を分け、娘の後を追って行った。
「さあさあ太夫《たゆう》さん一踊り、ご苦労ながら一踊り……※[#歌記号、1−3−28]男達《おとこだて》ならこの釜無《かまなし》の流れ来る水止めて見ろ……ヨイサッサ、ヨイサッサ」
 大道芸人が唄い出し、鼬が立っておどりだした。

「おおトン公《こう》か、よく来てくれた」
「爺《とっ》つあん」は嬉しそうにこう云うと、夜具の襟から顔を出した。「爺つあん」は酷く窶《やつ》れていた。ほとんど死にかかっているのであった。
 ここは金龍山瓦町《きんりうざんかわらまち》[#ルビの「きんりうざんかわらまち」はママ]の「爺つあん」の住居《すまい》の寝間であった。
「どうだね「爺つあん」? 少しはいいかね?」
 トン公は坐って覗き込んだ。
「有難えことには、可《よ》くねえよ」――「爺つあん」はこんな変なことを云った。
「おかしいじゃないか、え「爺つあん」? 可くもねえのに有難えなんて?」
 すると「爺つあん」は寂しく笑い、
「うんにゃ、そうでねえ、そうでねえよ。俺らのような悪党が、磔刑にもならず、獄門にもならず、畳の上で死ねるかと思うと、こんな有難えことはねえ」
「へえ、なるほど、そんなものかねえ」トン公はどうやら感心したらしい。「だがね、「爺つあん」俺らにはね、お前が悪党とは思われないんだよ」
「ナーニ俺は大悪党だよ」
「でも「爺つあん」は貧乏人だと見ると、よく恵んでやるじゃないか」
「ああ恵むとも、時々はな。つまりナンダ罪ほろぼしのためさ
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