だ、あの桔梗様とこの君江とは」
 二月《きさらぎ》である。野は寒い。枯草がサラサラと戦《そよ》いでいる。山々が固黒く縮こまっている。花などどこにも咲いていない。旅人の姿も見あたらない。ひっそり閑とただ寂しい。
 シャン、シャン、シャン……カバ、カバ、カバ、この音ばかりが響き渡る。二人ながら今は黙ってしまった。江戸へ江戸へと歩いて行く。が、このまま江戸入りをしたら、奇もなければ変もない、平凡な旅だと云わなければなるまい。ところが一つの事件が起こった。と云うのは林へ差しかかった時、枯葉でもあろうヒラヒラと、一葉の葉が舞って来た。全く無意識というやつである、ヒョイと小一郎は右手を出し、パッとばかりに掌で受けた。
 と、落ちて来たその木の葉であるが、掌の上に静もったが……
 見れば!
 蝶だ!
 季節違いの!
「ううむ」と小一郎は翅を見た。「斑紋がある! あの斑紋!」それからホーッと吐息をした。
「ああこれこそ永生の蝶!」
 さてこの蝶を得たばかりに、江戸入りをした小一郎はさまざまの危難に遭遇し、その剣侠の剣侠たる所以《ゆえん》を、縦横に発揮することになった。

        二十一

 春
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