く」に傍点]驚いてしまった。「誰が小間使いに頼みますので?」
「ホ、ホ、ホ、ホ、あなた様が」
「いやはやどうも」と小一郎はさらに驚きを重ねたが、「拙者決して雇いませんな」
「何んのお雇いなさいますとも」君江はすっかり安心している。「こんないい小間使いでございますもの」
 ――どうにもこうにもやり切れない――小一郎は当惑したものである。そこで改めて云って見た。「いやいや拙者江戸へ帰っても、父の邸へは入りますまい。一戸を借り受け所帯を張ります。さよう剣術の道場をな、荒くれ男達が出入りしましょう」
 こいつを聞くと娘の君江は、さも嬉しそうに晴々《はればれ》と云った。
「まあまあ結構でございますこと、それでは妾妹として、お勝手の切り盛りを致しましょう」
 ――最初《はな》からこの娘には嚇されたが、どうやら最後《きり》まで嚇されそうだ。――さすがの一式小一郎も、微苦笑せざるを得なかった。

        二十

 だが一式小一郎には、君江の心が解っていた。「無茶苦茶にこの俺を愛しているのさ」
 そうしてそれは小一郎にとっては、決して不愉快ではないのであった。否々むしろ嬉しいのであった。
「何ん
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