な単純な斑紋を持った、一個《ひとつ》の蝶の模様である。絵と云った方がよいかも知れない。
 長椅子にゆったり腰かけながら、話しているのは昆虫館主人で、鵞ペンを指先で弄んでいる。大分機嫌がいいらしい。
「……あなたは全くいい人だ。あなたのような人物なら、決して私は苦情は云わない。いつまでも昆虫館においでください。……だが恐らくあなたとしては、さぞ不思議に思われましょうな。私のこういう生活と、そうしてここの社会とが。……第一住んでいる人間が、私と桔梗とを抜かしてしまえば、全部が全部|不具者《かたわもの》というのが、不思議に思われるに相違ありますまいな。だがこれとて何んでもないことで、由来不具者というものは、その肉体が不具《かたわ》だけに、心も不具だと思われていますが、これはとんでもない間違いなので、本当のところは正反対ですよ。肉体が不具であるだけに、心の中にひけめ[#「ひけめ」に傍点]があり、傲慢にならずに謙遜になります。人を憎まず、愛されようとします。ところが一般世間なるものは、そういう心持ちを理解せずに、肉体が不具だという点で、その不具者を軽蔑しますね。これが非常によくないことで、これあ
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