もしない。例によって樫の木、生え抜いたようだ。
 と、何んとその吉次であるが、翻然片足を刎ね返すと、小一郎の正面三尺の地点、そこまで飛び込んで来たではないか。
 同時に「うん」という例の呻きが、吉次の口から迸しるや、シ――ン真っ向から松葉杖が、小一郎の脳天へ降り下ろされた。
 ひっ[#「ひっ」に傍点]外して[#「ひっ[#「ひっ」に傍点]外して」は底本では「ひっ外[#「っ外」に傍点]して」]右へ小一郎が、飛び交うのを追っかけた吉次の、その素早さ、どうでも妖怪、二本足のある人間より、遙かに遙かに遙かに早い。
「ド、どうだア――ッ」と松葉杖で、一式小一郎の足を払った。
 きわどく、左転、小一郎は、飛び交《ちが》ったが決心した。
「もういけない、叩っ切ってやろう!」
 腰を捻ったおりからであった、「一式様」と、呼ぶ声がした。つづいて、「吉次や!」と同じ声がした。
 すがすがしい桔梗様の声である。
 その桔梗様は花壇を巡り、二人の方へ近寄って来た。
「お話しいたしたいと申しまして、父が待っておられます。おいでくださいまし、一式様」
 吉次の方へ顔を向けた。
「行って砂糖をやっておくれ、蜜蜂を飢え
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