おし》であったり聾者《つんぼ》であったり、満足な人間はないからであった。
想うに碩学昆虫館主人が、世の廃人《すたれもの》を拾い集め、ここに別社会を建設し、何らか事業をしているのらしい。
だが遠くから見ていると、不具者《かたわもの》などとは思われない。みんな健康《たっしゃ》そうな人間に見える。
「平和で長閑で美しい。いい境地だ。住みよさそうだ」うっとりしながら小一郎は、こんなことを考えた。「あの桔梗様と婚礼をし、あの学者を舅に持ち、ここでいつまでも住みたいものだ」
少し睡気《ねむけ》がさして来た。横になろうとした。しかしその時近寄って来る、人の気勢《けはい》が感じられた。コツンコツンと松葉杖の音が、灌木の叢の裾を巡り、現われたのは片足の吉次で、小一郎の前へ立ち止まると、不遜な目付きでジロジロと、小一郎の体を嘗め廻わしたが、
「騎士《ナイト》よ」と云い出したものである。それから嗄《しゃが》れ声で笑い出してしまった。笑いおえると云ったものである。「ここ神秘なる昆虫館で、厳重に禁じられているものを、一式氏にはご存知ないと見える」
「厭な奴だな」と小一郎は、快い睡気を醒ましたが、明るくて皮
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