出した。
「いい景色だな、風変りの景色だ。日本の景色とは思われない」
 こんなことを口の中で呟いている。
「小一郎様」
 と呼ぶ声がして、家の背後《うしろ》から現われたのは、笑みを含んだ桔梗様であった。
「ご気分はいかがでございます」
「お蔭で今日はハッキリしました」小一郎は愉快そうに笑い返した。
「憎い大水でございましたことね」
「かえってお蔭で昆虫館へ参られ、私には本望でございましたよ。その上美しい声の主の、あなたにお目にかかれましたのでな」
「おや」と云うと桔梗様は、花壇の方へ眼をやった。四季咲き薔薇の花の蔭から、誰か覗いていたからである。二人の話を盗み聞くように。

        十三

「どうなされました?」と小一郎は、桔梗様の顔を見守った。
「いいえ何んでもございません」こう云ったは桔梗様で、いくらか不安そうな様子である。
 だが覗いていた眼の主は、すぐに姿を消してしまった。コツンコツンと音がする。松葉杖の音である。覗いていたのは吉次らしい。花壇を巡って立ち去ったらしい。
 そこで小一郎と桔梗様とは、大池の方へ歩き出した。
「あの大水には驚きました。幸いに岩蔭におりました
前へ 次へ
全229ページ中47ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング