ので、私は流されはしませんでしたが、他の連中は一人残らず、流されたことでございましょう」小一郎は笑止らしく云ったものである。
「しかし私も実際のところ、したたか水を飲ませられ、かなりひどい目には合わされましたよ」
「お気の毒でございましたこと」桔梗様は美しく笑ったが、「ご縁があったのでございましょうよ、何んとなく妾心配になり、平素《いつも》にもなく召使いどもを連れて、あの大岩まで行って見ましたところ、綺麗な若いお侍様が――あなたのことでございますよ――気絶しておいで遊ばすので、すぐお助け致しましたものの、父は不機嫌でございました」
「あなたのお父上昆虫館ご主人、ちと変人でございますな。アッハッハッ」と笑ったが、「学者にあり勝ちの憎人主義者のようで。……それはそうとあの大水、人工だそうでございますな?」
「槓杆《こうかん》一本を動かしさえすれば、大池の水が迸《ほとば》しり、流れ出るのでございます」
「とんでもない悪い槓杆で」小一郎はしかし愉快そうである、「いや俗流を追っ払うには、よい考案でございますよ。承われば、その他にも、いろいろの防備がございますそうで」
「はい」と云ったが桔梗様は、
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