棍棒、道中差し、得物をひっさげた百人あまりの乾児、ワーッとばかり鬨の声を上げた。英五郎を先頭に君江までが、武士達の一団へ切り込んだのである。
 しかしこの時何んという、不思議なことが起ったのだろう!
 森の奥から気味の悪い、妖精じみた叫び声が、はっきり二声聞こえたのである。
「お山を穢《けが》すな! お山を穢すな!」
 それからゴーッという音がした。
 それから大水が流れて来た。河というよりも滝というべきで、石を転ばせ木を倒し、灌木の茂みを根こそぎ[#「こそぎ」に傍点]にし、そうして人間を押し流した。小一郎はどうしたろう? 一ツ橋家の武士達はどうしたろう? 英五郎や君江達はどうしたろう?。

 さてその日から数日経った。
 ここは森林の底である。周囲半里はあるだろうか、大きな池が湛えられている。その岸に点々と家がある。
 ひときわ大きな木造家屋は、全く風変りのものであった。一口に云えば和蘭陀《オランダ》風で、柱にも壁にも扉にも、昆虫の図が刻《ほ》ってある。真昼である、陽があたっている。
 と、玄関の戸をひらき、現われた一人の武士がある。何んと一式小一郎ではないか。
 前庭をブラブラ歩き
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